FC東京、不調ですね、ここのところ。長谷川健太監督は清水でも実績があって、ガンバ指揮時代に至っては三冠とか達成してしまっている、屈指の名監督であるにもかかわらず、ごぐごぐ一部の、そういうサポーター(のふりをしている人)は、ガンバ末期のハセケンをクソミソに言っていた。ホント、ものごとを相対的かつ総体的に見ずに目の前の自分の視野にわかりやすく入る情報だけを切り取れば、なんとでも批判できるわけですが、ただ、確かにハセケンさんのチームは、チーム不調期のグダグダさが、どうにも閉塞感を拭えない感じになるっちゃなりますよね。
対戦相手はサガン鳥栖。鳥栖はフィッカデンティが率いているだけあって、FC東京との縁というか因縁というかが非常に深い。まあ、権田ですよね、目立つところでは。他には、直の移籍ではないですけど高橋秀人。それから忘れちゃいけないのが河野。でも、やっぱり、こと今節に限ればトーレスですよね、フェルナンドさん。ついでに金崎。
■前半
マツコ・デラックスが反応するまでもなく、わりと「小岩vs新小岩」問題ってありますよね。時々「川口vs赤羽」とかも煽られますが、こちらはマスコミが作ったフィクション。でも小岩新小岩問題はノンフィクションっぽい。知り合いの小岩住民と飲みながら聞いた話では。ちなみに新小岩の良さは、千葉方面から新宿に向かうとき、一般的には錦糸町で総武線に乗り換えるのですが、手前の新小岩で乗り換えると高い確率で座れるところ。錦糸町からだと、まず座れない。
そんな新小岩にいたのですよ。17時頃。キックオフに間に合わせるべく、大急ぎで早めの夕食をとることに。となるとラーメン屋になるわけで、「ごっつ」という背脂ラーメン屋に入店。亀戸でも同じような店(同じ系列だったかも??)があった記憶があるのですが、葛飾には背脂ラーメン文化が根強く残っているのか? ワタクシが大学生の頃、当時住んでいた多摩地域の某ホープ軒に足繁く原チャリで通っていたものですが、胃袋が頑丈だった日々を思い出さずにはいられない。
さて試合。FC東京は、例によってのハセケンスタイル。特に前半においては、2トップを走らせる。2トップに裏抜けさせる。で、もし、そこでキープできたら、やおら、全体を押し上げる。ハセケンスタイルと書きましたけど、いわゆる、ごくごく一般的な、『そもそも、そういうものだよね」スタイル。ディエゴ・オリベイラがいると、それでもシュートまで持ち込めてしまうんだから仕方ない。
対する鳥栖は、最初はいわゆる“クリスマスツリー”だったですかね?トーレス頂点、小野と金崎が衛星的に動いて、中盤は左から福田、秀人、高橋義希。ただ、前半なかばから押し込まれると、442だか3421だかに変更させたかも。高橋高橋ボランチで、福田が右のワイドにおりました。前半の鳥栖については、さほどエキサイティングな感じではなく、敢えて最もエキサイティングだったシーンを探すとしたら、戻りオフサイドを取られたときのフェルナンド・トーレスの激昂っぷりだったでしょうか。
■後半
まあ、ハセケンとマッシモの対決ですからね、そりゃ、堅い守備合戦になるわけで。見る人が見たら“塩試合”ってことになるのかもしれませんが、そうそうネットは揺らされません。ただ、鳥栖に関して言えば、やや自滅に近いノーゴールだったように思えなくもない。
確かにトーレスは大物ですし、リスペクトするべき選手ではあるのですが、だからと言って、周囲の選手は必ずしもトーレスのお膳立てをするためだけに存在しているわけではないはずなのに、なんだか、みんながみんな「トーレス様、どうぞどうぞ!」になってましたねぇ。特に、シュートへの意識に限ればエゴイストだからこそ素晴らしい金崎がトーレスばかり見てフリックしたりスルーしたりしてシュートチャンスを譲っているのを見て悲しくなったのはワタクシだけでしょうか?
要するに、これは鳥栖に限ったことではないのですけど、“空気を乱す人”か必要だったのですよ。ただ、残念ながら空気を乱す人はフィールドにはいなかった。むしろスタンドにいた。この日はバックスタンド上層階のビジター指定席に座ってたんですけど、たぶん十代の学生だと思うのですが、周りの空気感などお構いなく奇声やら身内コトバな嬌声を発してじゃれ合ってる集団がおりましたねえ。空気を乱しまくりです。若さの特権です(一応、フォローする大人の余裕←自画自賛)。それも含めて味スタ夏休みトーレス祭りです。
もう一人、こちらは良い意味で空気を乱す人がいて、それは丹羽大輝。ベンチスタートでハーフタイムはアップしていたのですが、ハーフタイムがあけて審判が戻ってくるまで、ずっとピッチに残っていて、主審や副審と握手をして退いていった。彼のルーティンなのかどうは存じ上げませんが、トーレスが熱くなったり、前半のうちから少しレフリーに対するフラストレーションというか、ヒートアップしかねない雰囲気もあったので、そういう不穏な空気を乱す(平静に戻す)ために審判陣とコミュニケーションをとったようにも解釈できて、だとしたら、なかなか立派な行動でございます。