スポナビ気付ブログ御中の周辺をウロウロと…2012年版

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このブログを開設して2年と9ヶ月。3度目の年越しを迎えたわけですが、弊ブログには毎年恒例の年越しイベントがあります。それは、ズバリ、「スポナビブログに毒づく」というイベントですね。年末には、日ごろの御恩の全てをかなぐり捨てて、不満をタラタラと垂れ流すのです。

と言いますのも、スポナビさんの大勢として、2010年2011年は、〈管理を強化する〉という趨勢にあったと思われますが、その管理強化が具体的に是か非かはともあれ、〈当局(与党)の新政策には、さしあたり反対する〉というのが、55年体制の基軸であり、昭和生まれヒップホップ育ちとしては、ついつい、条件反射的に異を唱えたくなるのですね。

と言いましても、去年や一昨年と違って、今年は、それほど大きな変化は感じられませんでしたので、今回は、一昨年以来の方向性について、中間報告的に、「利用者としては、こういう感じになってるような気がする」というのを述べてみようかな、と。

一昨年以来の方向性とは、ズバリ〈コメントID制導入に代表される、発言者に責任を持たせることで‘荒れる’という現象を減少させよう〉という方針です。コメントID制を導入した結果、実際に‘良質なコミュニケーション’が実現しているのかどうか、っつう話ですね、とどのつまり。

結論を先に述べれば、一定の成果があったように、利用者としては感じます。この点を過小評価しては罰があたるでしょう。ただし、何事にも、〈全てが上手くいって薔薇色になりました〉ってことは有り得ないので、以下、敢えてマイナス面をあげつらっていきます。

マイナス面とは、つまりは〈コメントの絶対数が減少した〉ということですね。尤も、これは当初より予想されていたことかとは思われます。問題は、「コメントの絶対数が減った結果、どういうコメントが消えて、どういうコメントが残ったのか?」というところにあります。おそらく事務局さんの理想像としては、〈管理を強化することにより、無責任なコメントは駆逐され、責任感ある良質なコメントだけが生き残る〉という状況になるはずだったのでしょう。

では実際はどうか?

あくまでワタクシの主観的判断で、しかも、あくまでサッカージャンルに限定されるかと思いますが、現状としては、〈責任感ある良質なコメントは一部を除き壊滅状態、無責任と思える感情的なコメントは散発的に発生する〉という状況なのではないかと思います。特に〈新規参入コメンテーター〉について、この傾向が強いようです。と言いますのも、「自らのコメントは責任感のあるものか否か」を判断するのは自分自身だからです。

例えば、AさんとBさんが、ともに「日本サッカー協会は能力不足である」と感じたとしましょう。そして、Aさんは「自分の意見は世界の正義を代表している」と無前提に信じ込んでいて、Bさんは「人それぞれ感じ方は違うし、当事者になってみないと分からない苦労も沢山あるはずだ」という配慮ができる人だとする。

その場合、Aさんは、自らの意見に根拠のない絶対的な自信を持っているから、まさか自分のコメントが他人を不快させたり、無責任だと捉えられたりするなどとは露にも思わず、平然とコメントを残す。一方のBさんは、自らのコメントが「無責任」だと判断される可能性に対する想像力が適切に働くから、もしかしたらコメントを残すことに躊躇を覚えるかもしれない。

コメントID制の導入により発生しているのは、このような現象ではないか、と。

つまり、コメントID制により、コメントを残す人々に「責任感」が求められるようになった。しかし、責任感が強い人ほど「責任感」というものに対して厳しいセルフジャッジをするし、「責任感」が希薄な人ほど、自らのコメントが〈責任感を伴ったものか否か〉に対する配慮が働かない。

結果として、スポナビブログの少なくとも日本サッカー関連のジャンルでは、〈無責任なコメントが淘汰され、責任感溢れるものだけが残る〉という、当初理想とされていただろう状況とは遠く離れた、〈責任感を自覚できるオトナのコメントは差し控えられ、そこの自覚に無邪気な若気の至りコメントが残って相対的な割合を増加させた〉という現状にあるように思います。

簡単に言えば、アレコレと思慮がめぐる人は少数を除きコメントをしなくなり、あまり深くものを考えない人が多く残った、そういう人の、全新規参入者に対する割合が増大したわけです。

まあ、とはいえ、‘荒れる’という現象の絶対数は劇的に少なくなったわけですから、コメントID制導入の最大目標には達したと言えるのでしょう。ただ、本エントリーで述べてきたような‘影’の部分もなくはないので、そのあたりの改善を望みたいところです。

私案としては〈ID登録はさせるけど表示はしない〉というようにしてみればどうかと思います。一つのIDで複数の立場(人格)を確保する余地を残しつつ、事務局は情報を管理しているので、問題が発生したときには、それを開示するなり、直接指導を行うことができる。ならば、〈責任感に対する意識の高い人〉も気軽に書き込めますし、〈責任感に対し無自覚な人〉に対する抑制機能も維持できるのではないでしょうか?