岡ちゃんの残したものの周辺をウロウロと南アフリカWCの日本代表を振り返る、その7

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以前、なんだったかのエントリーへのコメントで、岡田Japanについて「役割を極限にまで限定した」という評価をされていた方がいらっしゃいました。本エントリーは、そこに乗っかります。

皆さんご承知の通り、本来、南アフリカ大会はオシムJapanで挑戦するはずだった。それが、オシムさんが体調を崩されたことにより、急遽、岡田Japanが発足した。で岡田さんも、当初はオシムさんを継承すべく努力されていた。ただ、実際問題、それは上手くいかなかった。では、オシムにあって岡ちゃんになかったものって何でしょう?

一口で言えば、「七色のビブス」を使いこなす方法論だと思います。

ワタクシは常々、「日本人は柔軟な状況判断を苦手としている」と考えてます。なので、以下は、それを前提に論を進めますので、「日本人は、ちゃんと臨機応変な対処のできる人たちだ」とお考えの方には、ちゃんちゃら可笑しな話となりますので、その点は予めご承知おきください。

オシムが「七色のビブス」を使った目的は何か?

おそらく、「判断力を身につけさせるため」でしょう。オシムは日本人に判断力を身につけさせるノウハウを持っていたんですね。だからこそ、千葉でも代表でもオシムサッカーを実現できた。

オシムサッカーを実現するためには、何より、「判断力を身につけさせるノウハウ」が必要なんだと思います。多くの日本人指導者がオシムを標榜しながらも、必ずしも上手く言っていないのは、とりも直さず、ここの方法論が不足しているからだと思います。

ワタクシは一貫して、日本代表が「最先端の戦術」を取り入れることに否定的です。それは、「個人としての判断力を必要とする文化」において「最善」とされているやり方を、「個人としての判断力を自制することの求められる文化」で育った日本人が真似して生産的なわけがない、と考えているからなんですね。

つまりオシムのように「判断力を身につけさせるノウハウ」を持った指導者を確保できたときは、最先端を追求すれば良い。だけど、それって1等6億円くらいの確率じゃね?って考えているわけです。

岡田さんがオシムを継承できなかったのは、個人的には当然だと考えます。それが出来るなら、日本代表なんかより、もっともっと社会的ステータスの高いチームを率いているさ、みたいな。

で、岡田さんが最終的に採用したのが433。これって4バックではありますが、完璧な役割分担サッカーでしたよね。

基本的にCBは守備専従。SBも攻撃より守備に明確なプライオリティを置く。アンカーは中盤で守備のみを行う。WGはとにかく個人でつっかけ、本田は古式ゆかしきCFの役割を全うする。敢えて言えばWボランチ(CM?)には柔軟性が求められましたが、事実上、より前目な遠藤と、より低めな長谷部という優先順位はハッキリしていた。長谷部に「攻撃も守備も上手くバランスを取りなさい」という役割を与えたデンマーク戦の序盤は、てんで上手くいかなかった。

岡田さんの功績は、「守備的な戦術を採用したこと」ではなく、「柔軟性(=判断力)を一切必要としない戦い方を選んだこと」にあると思います。

昔、何かの本で読んだのですが、先の大戦における日本兵の「突撃」は、勇敢だからではなく、臆病だから可能になったらしい。勇敢な人、つまりハートの強い人間は、極限になっても合理的な判断ができる。だから欧米の軍隊は「突撃」なんて非合理的な行為は行わない。一方、日本人は基本的に臆病である。だから極限の状況ではパニックに陥る。その結果、破れかぶれに突っ込んでいく。みたいな。

そういう特性は、少なくとも幕末以前から確認できるそうです。だから、どう短く見積もっても100年は、そういう国民性に変化はなかった。ってことは、戦後のたかだか数十年で、そういう国民性が克服されたとは考え難い。というか、そういう「臆病な突撃」、皆さんも身に覚えがありません?ワタクシだけですかね?

ともあれ、日本人は臆病だから極限の状態で合理的な判断力を失う、のならば、岡田流433は、至極、生産的な施策だったと評価したいわけです

で、一時的、代表新監督として名前の挙がっていたのが、ビエルサですね。実はワタクシ、ビエルサJapanに興味津々でした。あのビエルサChileの流動的なサッカーの正体が知りたいなぁ、なんて思ったんです。

あのサッカーは、個人の判断力による流動性で成り立っているのか、あるいは、徹底したケーススタディの繰り返しにより発生した連動性なのか、に興味がありまして。別の言い方をすれば、Chileがあのサッカーが出来たのは、「南米人だから」なのか、「ビエルサが、こういう時はこう動け!ってのを徹底的に叩き込んだから」なのかが分かるかもしれないと思ったんですね。

そして、もし後者の方法論が成立するのであるならば、ひょっとしたら将来的には、ヨーロッパの「最先端」を取り入れることが、日本代表にとっても生産的となる時代が来るかもしれないな、なんて思ったわけです。それを確認できなかったことが残念でなりません。