〈ポゼッションの向上=シュートの減少〉の法則〜横浜FCvs長崎(4月17日)の周辺をウロウロと…☆現地観戦記☆

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今シーズンの横浜FCは4141というシステムを採用しているわけですが、この試合を見ていると、その枠組に縛られない流動性があるように思われます。

まずボランチ。松下選手をアンカーとする1ボランチだとは思いますが、佐藤謙介選手と横並びになる時間も長く、2ボランチに見えなくもない。最も適切な表現としては「アンカー+縦関係の2CH」といった感じになりそうな、デリケートなスタイルですね。

また、トップについても、一応、大久保選手の1トップだったんでしょうが、右だったり左だったりを行ったり来たりしていたウイングの黒津選手は、もともとFWの選手ですし、頂点の大久保選手も福岡時代はトップ下をつとめた選手なので、これまた一見、2トップのように見えなくもない時間帯もありました。なんなら「武岡の1トップじゃない?」くらいのシーンも、ありましたし。

対する長崎は高木監督らしい、現実的なサッカー。言うならば‘非ロングボール系アンチバルサ的サッカー’ですかね。決してロングボール一辺倒ではないのですが、とにかくシンプル。昔、『スラムダンク』に出てきたナントカ高校の‘ラン&ガン’を彷彿とさせるようなイメージで、サッカー的な表現をするなら‘キック&ラッシュ’

ボールを素早く前線に運び出すと、そこからはドリブルがファーストチョイスとなります。小気味よくゴールへと一直線に進み、フォローアップの選手もゴールに向かってダッシュをしていく。そして、コースを見つけたら、確率の如何に関わらず確実にシュートで終わる。

部活ぽいっちゃ、部活ぽいのかもしれず、昨今のバルサ的パスサッカーブームにおいては‘アンチフットボール’と揶揄されかねないサッカーですから、間違いなくトレンドからは外れます。そしてトレンドではないからこそ、相手チームにとっては対応し慣れていない厄介なサッカーなのかもしれません。

そんな長崎に対し山口政権二年目の横浜FCは、ポゼッションサッカー、格好良く言うと「自らがイニシアティブを握るサッカー」を目指している様子。ただし、その中でも特に足下の働きを期待されているであろう黒津選手と佐藤謙介選手の出来が、この試合ではイマイチ。狙いは悪くないのですが、正確性という面で、悉く不足し、チャンスを潰してしまっていました。

尤も、そんな横浜FCも後半、武岡選手のクロスを大久保選手がヘディングで合わせて先制点を決めると、俄然、リズミカルになります。全体的にテンポアップして、どんどん長崎ゴールに迫っていきます。ただ、如何せんシュートが入らない、というか、シュートを打たない。

FC東京や京都なんかもそうなんですけど、どうもJリーグのチームって、パスサッカーが軌道に乗り、ポゼッション率が高まるとともに、シュートを打たなくなる。なんなんですかね、この法則。そして、この法則にハマったチームは軒並み勝てなくなる。この試合の横浜FCは、典型的な、そのパターン。

逆に長崎は目論見通りに試合が進みました。まず、後半に入って、古部選手を投入します。代わってアウトになったのがハイタワーの佐藤洸一選手でしたので、勝負所と見て、地上戦に移行したのでしょう。古部選手は左WBに入り、前半から爆発的なスピードのドリブルを発動させていた山田選手が右WBに。で、右WBだった金久保選手が佐藤選手の位置、すなわち、シャドーの位置に入ります。

すると、その金久保選手がカットインから見事なシュートを突き刺して同点に追いつきます。その後は横浜FCに攻め立てられて、まるで得点の気配がツユしない状況となるのですが、そんな中、一瞬の隙をついて決勝ゴールを決めたのが古部選手。高木采配がズバリ的中しましたね。そして、長崎のしたたかな試合運びが光りました・・・と言いたいところですが、結局、〈ポゼッションの向上=シュートの減少〉の法則に取り憑かれた横浜FCが自壊したと見るのが穏当でしょう。

□日本代表への推薦状

・推薦者

佐藤洸一

・推薦理由

佐藤選手自体は、この試合、これといった仕事はしてません。ただ、なんといっても、この人のフルネームは「さとうこういち」なわけですよ。ちょうど、この試合の前日、気丈にも記者会見に応えていましたね。大人ですから、堂々たる態度でした。

世代的には少しズレるので詳しくは存じ上げませんが、親御さんは奔放な私生活を送っていたようです。ただ、昭和の銀幕スターとは、えてして、そういうもの。

釣りバカ日誌』すら見ていませんし、さらに昔の大映だか日活だか松竹だかといった作品にはまるで縁遠いワタクシですが、昭和から平成まで、戦後から高度成長期、さらにはバブル、加えて‘失われた10年’へと駆け抜けたレジェンド。東アジア諸国の特定の傾向に対し、まさに‘右に倣え’をしてしまっている近年の日本社会を鑑みると、昭和の名優が、また一人と鬼籍に入る度に、日本の民主主義の終焉が近づいているように思えてならないのですが、ともあれ、戦後日本の全時代を駆け抜けた名優に敬意を表しましょう。