外国籍選手の周辺をウロウロと…2011年シーズンのJリーグを振り返る・選手の群像編

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最近も今ひとつコンスタントさを欠いておりますが、無理矢理ながらも毎日更新しているテイにしてありますので別館4thDayMarketCentreもよろしこ。

那覇本の界隈をサラッと。

「キツい」春キャンプの界隈をサラッと。

シリア戦敗北と権田の界隈をサラッと。

シリア戦の反響らへんをサラッと。

Jリーグを彩る要素の1つとして、外国籍選手の存在があります。今回は、そんな外国籍選手にスポットライトを当てつつ。

鳥取戦(07月02日)は、FC東京にとって記念すべき日となりました。この試合のキックオフ前にルーカスがFC東京復帰の挨拶をしたのですね。

ルーカスの流暢な日本語がFC東京サポーターのハートを鷲掴みにしたわけですが、ワタクシのハートは鷲掴まれませんでした。何せ、ルーカスが挨拶をしている時間には、まだコンコースを歩いている最中でしたから。ルーカスが何やら挨拶をしているらしいことは伝わってきましたが、場面そのものは見ておりません。

一方で、それと同日に味スタを訪ねた長友選手には、それなりにハートを鷲掴まれました。何せ、コンコースを抜けてスタンドに出た、その時、まだ長友選手は大型ビジョンに大写しになりながら、スタンドの関係者席だか貴賓席だかの外から手を振っていましたから。

長友選手、試合後はグランドまで降りてきてサポーターに挨拶したみたいですね。長友選手のそういう感じ、スターになったからといってVIPルームの中でふんぞり返っていないところは大変に好感が持てます。

ハリウッドスターの皆様に長友の爪を煎じて飲ませて差し上げたい。いちいちボディガードを、そんなけ引き連れていたら余計に目立つだろう、と。

ええっと話をルーカスに戻します。厳密には外国籍選手に戻します。2011シーズンに加入した外国籍選手で、最も世間の注目を集めたのはユングベリでしょう。ワタクシも川崎vs清水(09月24日)で見ましたよ。

彼の加入以来、清水と言えば、すっかりユングベリの印象が強くなってしまいましたが、ほかにも、ヨンアピンとかアレックスとか、実力派の助っ人さんたちが在籍しています。このヨンアピン選手とアレックス選手は、普段から仲が良いのでしょうか、試合中も何かとコミュニケーションを取っていました。

例えばヨンアピン選手が不本意なファールを取られたとしたらアレックス選手が慰めに近づき、アレックス選手がらしくないイージーなミスを犯してしまったらヨンアピン選手が慰めに行く、といった感じですね。

そして、清水が誇る外国籍選手の最後の1人がボスナー選手ですね。この日のボスナー選手は、マイボールにしたところに小林悠選手が圧力をかけてくるや、リフティングで華麗に交わそうとして、クリアしきれずに却ってピンチを迎えるといったお茶目な一面を見せていたのですが、ほかにも様々なところで茶目っ気を発揮しまくっていました。

例えば、近いポジションにいることの多かった太田選手へのツンデレ感などは、お茶目としか表現のしようがありません。

具体的にはスローインのボールを太田選手に渡すときのボスナー選手などは、一切相手の方向を見ることなく「勝手に取って投げろ」と言わんばかりの乱雑さでボールを送っていました。この場面に限らず、総じてスローインのボールを太田選手に渡すときのボスナー選手の所作は、なんとなく全体的に雑。決して悪意があるとか冷たいとか、そういう印象は受けませんでしたので、けだし、これぞ所謂一つの一世を風靡したツンデレってヤツに相違ありません。

このように多種多様な外国籍選手がJリーグに彩りを加えてくれていたわけですが、一方で、少なくない選手が2011年をもって所属チームを離れました。

例えば湘南vs札幌(11月26日)は、湘南におけるアジエル選手のラストマッチでした。

最近まで勘違いしていたのですが、アジエル選手って浦和経由で加入したブラジル人だったんですね。てっきり、世間の除目を集めたとか集めてないとかで有名だとか、そうでもないとか言われているコロンビアトリオの1人で、最後の生き残りかと思い込んでいました。

コロンビアトリオって、具体的に誰でしたっけ?パラシオスの名前しか出てこないのはワタクシだけでしょうか?

そんなアジエル選手、ポルトガル領になって以降はキリスト教国となったブラジル出身ですから、別れの挨拶における第一声は「神に感謝します」。

昔、「日本では『皆様に感謝します』と言うべきことも、欧米(=キリスト教国)では『神に感謝します』と言わなければならない。逆に考えると、日本では『世間』こそが『宗教』である」なんて言説を聞いたことがあります。

「だから何?」って話ですが、思い出したんだから仕方ない。

それはともあれ、2011年というのは、アジエル同様シーズン末にジュニーニョが川崎と契約満了となり、シーズン当初にはマルキーニョスもJリーグを去った。

二人とも結果的に日本に戻ってきてくれましたが、長い期間Jリーグで活躍し、一時代を築いた優良外国籍助っ人選手が揃って、その一旦とはいえ役割を終えた。

時代の移り変わりに思いを馳せるとともに、このタイミングの一致は、本当に単なる偶然に過ぎないのか?って部分に少し興味があります。

かといって何か成案があるわけではないのですが、なんとなく「人の流れ」とか、それを支える「構造」に、なんらかの変化が起きているような気がしないでもない。あるいは「代理人」をめぐって世代交代というか、勢力消長があるのかなぁとか思ったり、その背景にはブラジルの経済成長により、これまでの方法論では上手くいかなくなっているとか、そういうった要素もあるのかも、なんてね。